- 富山県の地形から戦国武将の強烈な逸話が残る -
目の前は日本海・富山湾、背後に3000m級の峰々が連なる立山連峰などの北アルプスがそびえる富山県。その地形から語り継がれる有名な伝説があります。
それは、佐々成政の「さらさら越え」。
織田信長が本能寺の変で明智光秀に討たれたあと、富山城は羽柴秀吉の軍勢に睨まれます。富山城主だった戦国武将の佐々成政は、浜松にいる徳川家康がどちら側につくのか真意を確かめるため、富山城を出発。街道を通れば敵に見つかるため、北アルプス越えを決断します。季節は厳冬のさなか、山は数mの積雪や吹雪、極寒の状況。そこを何とか乗り切り、家康の元にたどり着いたというものです。立山連峰のザラ峠を越えたということで、さらさら越えといわれますが、このコースは非常に厳しく現実にはあり得ないともいわれ、実は飛騨ルートや糸魚川ルートではないかとの説もありますが定かではありません。
どちらにしろ、結局家康は兵を出さず、応援がないままに成政は秀吉に降伏しています。