2021.09.21

個性的な店主が営む石川の~蕎麦処めぐり~

個性的な店主が営む石川の~蕎麦処めぐり~

近年まで麺文化がなかった石川

「富山のラーメン、石川のうどん、福井のそば」と、30年ほど前までは観光ガイドブックでこう取り上げられていた北陸の麺文化。当時は確かに富山のラーメン、福井のそばはありましたが、そもそも石川には麺文化がなく、ごろ合わせにうどんになっていた感もあるようです。石川、なかでも金沢は、江戸時代には藩主前田家代々が美食家であったため、麺類よりも加賀料理などの郷土料理が発達。また金沢平野は米どころでもありました。昭和期では麺類は町の食堂でゆで麺の麺類を食べるのが常でしたが、金沢に唯一、「砂場」というそばの店があり、大人が通っていたのを覚えています。

そんな中、金沢に本格派そばの風を吹かせた「四季の庵」。この頃から脱サラなどで手打ち蕎麦を始める店が増え始め、自然豊かな白山麓はそば栽培が盛んなうえ、そば街道といわれるほどそば店が点在。そのかげにはそばの師匠が何人かいて、直伝で学んでいた時代です。

2021年現在、白山麓ばかりではなく県内各所に古民家を利用した手打ちそばの店があり、店主が学んだ地も異なりそれぞれ個性的なこだわりのそばを楽しめるようになりました。筆者も以前はそばに興味がなかったものの、30年前に取材で、本物の美味しい手打ちそばを食べて目からウロコ。そばってこんなに味わいが深かったのかと、その後食べ歩いたのでした。

白山麓の鳥越地区では9月になると白い小さな可憐なそばの花が咲き、一面真っ白に。この風景も楽しみたいですね。

※「砂場」、「四季の庵」とも閉店しています。

金沢の手打ちそば文化を盛り上げてくれた四季の庵のそば。長野のそばが基本で野沢菜が添えられていた

石川のおすすめ、手打ち蕎麦処8選

いよいよ新そばの季節。 新そばが持つ甘い香りと強い旨みが体中にしみわたる。 至福の一枚を味わいに出かけてみませんか。 ※ほとんどのそば店は、麺がなくなり次第終了となります。あらかじめ営業時間等を確認してからお出かけください。

1. 能登の上杉で学んだ「加賀上杉」

和の情緒漂う古民家に、女将の感性が折々の装いを設え、つい寛いでしまう空間。「手打ちそば 加賀上杉」の店主は能登にある「蕎麦処上杉」で修業。そこで習い覚えた、そばの実の芯だけを使う御前蕎麦が看板メニューとなっています。透き通るような白い姿どおり上品な風味があり、のど越しが極めてよく、この繊細なそばを求めて県内外から客が訪れています。 そば粉は長野産、天ぷらの食材は主に地元産。つゆは、厳選した昆布と鰹でとった出汁に自家製のかえしを合わせた、あっさりとした口当たりが良好です。一番人気は、2種のそばの食べ比べができる、ふたみそば。カラッと揚がった天ぷら付きで食べごたえあり。山代温泉の湯につかり、加賀上杉でそばを食す。そんな楽しみ方がおすすめです。

●加賀市山代温泉温泉通り42 tel.0761-77-5026


御前そばと田舎そばが並ぶ、ふたみそば1,650円


季節のしつらえが目を楽しませてくれる風情ある店内

2. 白山麓の滋味を供す「相滝」

鳥越の稲田の道をたどって進むと懐かしい趣の古民家が見えてきます。「とりごえ蕎麦 相滝」は、欅の一尺柱や指鴨居などいかにも雪深い山麓らしいどっしりとした佇まいを見せています。そば粉は主に鳥越産の粗挽きを使用。つゆに対しても生真面目に取り組み、ざるそば、ぶっかけ、かけそば用の3種を丁寧に調整しています。 人気は蕎麦茶プリンなどスイーツも付く、とりごえ蕎麦御膳1,300円。地元のなめこがのるおろしそばに、揚げそばスナックやそば茶寒天、白山麓の豆腐などが付き、山麓食材を堪能できます。また研究熱心な店主が考案した、ふるふる蕎麦茶プリンはそばのコクと甘さのバランスが絶妙。例年の鳥越産新そばは11月。この時期になると、相滝へとドライブがてらに足を運びたい気分になります。

●白山市相滝町ハ32 tel.076-254-2737


くるみ味噌とかえしのつゆ2種で食す、くるみみそざる900円


築70年の古民家を店舗として利用

3. 実直な蕎麦打ちが人を呼ぶ「草庵」

築150年ほどの古民家で供されるのは、風味豊かで噛めば弾むようなそば。福井や北海道など玄そばの産地を厳選し、真空低温貯蔵で鮮度を保つなど、店主の誠実な仕事が店の評価を不動のものとしました。最近は、有名料亭で修業し、店主からそば切りを厳しく仕込まれた二代目が切り盛りしています。「自家製粉石臼手打ち 蕎麦処草庵」の名を背負うことにプレッシャーを感じつつも、「父の味を守りつつ、自分の色も出していきたい」と語ります。 そばは、十割の田舎、粗挽き、九一のせいろの3種。鴨は国産の生ガモを使い、築地直送のニシンを5日かけて味を煮含ませるなど、そばの周辺にも丹念を怠らない。さらに、訪れた人が快いひと時を過ごせるようにと心を遣う。それが草庵の本領である。

●白山市鶴来日吉町ロ32 tel.076-273-1090


カモの滋味豊か、人気の鴨せいろは1,840円


古民家の店内奥にある石造りの蔵もテーブル席に利用

4. 3種類の十割蕎麦が看板「槐(えんじゅ)」

七尾湾内にぽっかり浮かぶ周囲約47kmの能登島。その向田地区の集落内に入り込んだ中にある「生そば 槐」は、大正時代の古民家を利用したそば店です。店主は七尾市生まれですが、会社勤めのあと脱サラし、長野県上田市で修業。その後、名旅館「加賀屋」で料理を学び、2013年に開店しました。 そば粉は北海道産と福井県産を、水は地元中能登町の名水百選に選ばれている十劫坊の霊水を使い、いっさいつなぎを使わないそば粉100%の十割そばを打っています。メニューは、更科、挽きぐるみ、田舎蕎麦の3種。それに福井県産の挽きぐるみそばも加わります。人気は更科、挽きぐるみ、田舎蕎麦が付く三色盛りで、挽き方や色、味が異なる3種を一度に味わえるとして評判。また、エビと野菜の天ぷらも好評です。

●七尾市能登島向田町118-25 tel.0767-84-0655


三色盛り1,980円と海老野菜天ぷら(2人前)1,100円


古民家の座敷で庭を眺めてそばをすするのもおつ

5. ちょいと一杯が楽しめる蕎麦屋「藤井」

金沢にそば屋で一杯という文化がなかった時代、そば前に興じ、そばで締めるという江戸そばの流儀を金沢にもたらしたのが「手打ちそば 更科藤井」です。店主は、江戸創業の更科そばの祖、麻布十番の「更科堀井」をはじめ長野などで研鑽。その技量と人柄に惚れ込んだ常連も数多く通っています。 玄そばは主に茨城産と群馬産を使用。細打ちの二八、太打ちの粗挽き、細打ちの十割、更科、季節の食材を打ち込んだ変わりそばの3種を打ち分けています。品書きは、天そばなどの定番ものから創意の種物そばまで多彩。一品料理も多種揃っており、地の野菜や魚介の持ち味を生かした揚げ物や酢の物など、どれも驚きの美味しさ。地酒を中心に日本酒や焼酎も充実しており、そばと酒で粋な時間を過ごす醍醐味が味わえます。

●金沢市柿木畠3-3 tel.076-265-6870


甘えびと季節の野菜のかき揚が美味、かき揚天そば1,950円


箱の底に炭を入れて供される焼のり1,000円、塩うに付き

6. 蕎麦と真摯に向き合う「敬蔵」

野々市に看板を揚げて18年、「そば処 敬蔵」は着実に評価を高めてきました。そこには、そばに対して一徹に取り組む店主の誠実さがあり、ゆえに常連客を裏切らない味が持続されてきたのです。福井県の大野や丸岡などから良質な玄そばを仕入れ、その都度必要な量を挽き、そば本来の風味と弾力を最大限引き出すことに心がけて十割そばを打っています。 麺は太打ちと細打ちの2種。塩つゆおろしそばでは、力強い味と香り、もっちり食感の太打ちを堪能。そばに合わせて3種の自家栽培の辛味大根を使い分けています。また、地産野菜や山菜を生かした一品料理にも店主の真剣な取り組みが息づいており、そばと併せて楽しみたいものです。こだわりのお酒も揃っているので、昼酒もおつ。

●野々市市本町1-8-28 tel.076-294-1486


出汁の効いた塩つゆと中辛大根おろしで味わう、塩つゆおろしそば900円


18年間継ぎ足してきた鴨だれで焼き上げる鴨ロース700円は自慢の一品

7. 戸隠村で修業した本格派「山桜」

2021年12月上旬、粟津温泉そばにある、ゆのくにの森から300mの位置に小松市矢崎町から移転オープンの「手打ち蕎麦 山桜」。店主は、そばの産地であり、そばの聖地といわれる長野県戸隠村で長年修業し腕を磨いた本格派。繊細なそばをいかに生かすかにこだわり、毎朝その日の分だけ石臼で丁寧に自家製粉。水にもこだわり、加賀市山中温泉の桂清水の湧き水を汲み使用し、毎日手打ちしています。そば麺は、そば10に対しつなぎ1の十一そばのほか、手挽き十割そばも用意。通好みのそばが味わえるそば店としてリピート客も多く、お昼時は行列覚悟。もちろん出汁にも店主の思いがあふれており、利尻昆布と本枯節を使って手間を惜しまず引いています。

●小松市上荒屋町に2 tel.0761-43-0675


朝霧が発生する高原地帯で育つそば粉を使う、霧下そば膳1,760円


前の店舗、小松市矢崎町の店内

8. 名店で鍛えた円熟味豊かな「竹やぶ」

「手取川 竹やぶ」の店主は、千葉県柏市の名店「竹やぶ」で20年精進し、主の阿部氏から絶大な信頼を得ていた腕前。2003年に暖簾分けされ、故郷に店を構えました。10年ほど前より、「旨いそばを長く提供したい」との思いから、自分にとって最良のそばが打てるそば玉の適量を見定め、無理せず欲張らずの姿勢を守っている。 そばは2種で、田舎そばと生粉打ちのせいろ。瑞々しい印象の細切りそばは、粉っぽさが微塵も残らないよう茹で上げられ、深い甘みを際立たせています。また、お通しの一つ、ぼうにしんは、火加減や煮詰めのタイミングなど長年の経験で得たコツができを左右するという一品。熟練職人の丁寧な仕事具合をひしひしと感じます。

●能美市三ツ屋町イ12 tel.0761-51-7313


玄挽きの、石臼挽き田舎せいろそば945円。玄そばは主に新潟の塩沢産


築100年以上の古民家を改装。店内は和洋折衷の不思議な空間