2022.09.20

身震いするほどに美しい。最高を極め続ける~金沢漆器~の世界

身震いするほどに美しい。最高を極め続ける~金沢漆器~の世界

加賀藩のプライドをかけた手仕事 

金沢といえば加賀百万石。加賀藩主前田家は、外様大名なのに百万石を誇るお金持ちだったことから、幕府に警戒される存在でした。隙あらば改易を狙う幕府に対し、3代藩主前田利常は謀反を起こすつもりなどないことをアピールしようと、藩をあげて工芸を推奨しました。そのため、金沢には今も多くの伝統工芸が受け継がれています。

その一つが、金沢漆器(かなざわしっき)です。加賀藩が財力を惜しまず京や江戸から名工を招いたことで、京都の優雅な貴族文化と江戸の雄々しい武家文化が融合した金沢独自の漆器文化が誕生しました。京から招かれた五十嵐道甫(いがらしどうほ)や江戸から招かれた清水九兵衛(しみずくへい)らの巨匠が基礎を築き、代々の藩主のもとで大名好みのゴージャスな茶道具や調度品がつくられてきたのです。

藩の外交にも使われた金沢漆器の特長は、漆の生地に立体的な文様を描く加飾技術(かしょくぎじゅつ)にあります。漆を含ませた筆で絵を描き、金粉や銀粉をふんだんに使い、さらに漆をかけて研ぐことを繰り返す技は「加賀蒔絵(かがまきえ)」と呼ばれ、素人目にも見事な作品に圧倒されます。

加賀蒔絵が施された半月銘々皿

輪島塗に加賀蒔絵を施した切手盆

つくり手の情熱が新たなステージへ導く

金沢漆器は、明治維新によって加賀藩という強力なスポンサーを失うと、衰退の道を歩み始めます。その理由があまりにも高度な技と手間を要するためというのは、ちょっと皮肉な気もしますね。しかし、何物にも代えがたいその美しさに魅了され、金沢漆器の道に進む職人も現れており、現在は15名ほどが金沢漆器の世界にたずさわっています。

そんなつくり手の一人が金沢市内に工房を構える高田光彦さんです。高田さんが今の道に進んだのは、美術商を営んでいた父のもとで幼いころから多くの美術工芸品にふれ、中でも最高峰と感じた金沢漆器を自分でも極めたいと思ったことがきっかけだったそうです。最初は加賀蒔絵師初代清瀬一光氏に師事し、日本伝統工芸士(金沢漆器蒔絵部門)として独立。現在は伝統的な金沢漆器の制作だけにとどまらず、異なる工芸とのコラボレーションにも挑戦し、世界的な評価を得ています。

さらに、金沢漆器の裾野を広げたいと、習い事としての蒔絵や金継ぎの教室を開催したり、モンゴルの恵まれない子どもたちに蒔絵の技術指導を行うことで生きる道を切り拓くなど、江戸時代には想像もできなかった分野にも意欲的にチャレンジしています。
高田さんの作品は、漆器の老舗・能作、しいのき迎賓館(セレクトショップGIO)、東京新宿慶応百貨店(美術工芸 千華)などで取り扱っているそうです。

個展用に制作された作品の数々。試行錯誤の末にさまざまな素材に加賀蒔絵を施すことに成功しました。金沢漆器の普及を目的に、アクセサリーの制作など、現代生活に溶け込む作品づくりにも力を入れています

多くの蒔絵技術を駆使し、絢爛豪華な金沢漆器を生み出す作業風景。一つの作品に数百工程を要し、完成まで数年をかけて依頼主の元に届けることもあります

音楽好きな高田さんによる、加賀蒔絵を施したギター。プライマリースタイルの望月様からのご依頼で制作しました。

金沢漆器を鑑賞できる施設や取扱う店舗

石川県には、輪島塗、山中漆器、金沢漆器の3種類の漆芸があります。なかでも豪華で蒔絵の加飾技術がもっとも高いのが金沢漆器です。

そんな金沢漆器を見るなら、まず金沢駅へ。1階コンコースに24本の柱が並んでおり、柱の1本1本に石川県の伝統工芸の作品が展示され、その一つの柱に金沢漆器もあります。鶴が飛び立つ姿を立体的に描いたこの作品は、加賀蒔絵作家の清瀬一光氏の作です。また中2階の待合室には6つの作品が展示され、ここには高田さんの作品も展示されていますよ。見つけてくださいね。また、金沢の国立工芸館や石川県立美術館でも金沢漆器を見ることができます。

金沢漆器の取扱店は、(2019.05.05)の輪島塗特集でも紹介しています、石田漆器店や能作などがあります。

明治2年(1869)創業の漆器店、石田漆器店

安永9年(1780)創業の老舗漆器店、能作