金沢の伝統工芸

藩政時代から受け継がれる匠の技

江戸時代、歴代の加賀藩主が文化奨励策に力を入れたため、植木職人や瓦職人までもが謡(うたい)を口ずさみ「空から謡が降ってくる」 と言われたものでした。武具製作の御細工所を調度品製作の工人集団へと変え、京都や江戸から名工を招き入れました。現在、石川県では金沢箔をはじめ、加賀友禅、金沢漆器、九谷焼など、36業種が伝統工芸品として継承されています。

イメージ : 金沢の伝統工芸

36の伝統工芸

藩政時代やそれ以前からから受け継がれてきた伝統工芸があります。石川県ではそれら36業種(経済産業省が認定した伝統工芸品10種を含む)を認定し、石川の伝統工芸として後世に伝えています。
金沢箔などをはじめ、加賀友禅、金沢漆器、加賀繍、加賀象嵌、九谷焼、桐工芸、金沢仏壇などがあり、中には金沢箔が欠かせない伝統工芸品もたくさんあります。

金沢箔工芸

加賀藩での箔製造が文献に登場したのは文禄2年(1593)のことです。製箔に適した気候や良質のみずに恵まれ、何よりも職人の高い技術が金箔を支え、現在では全国生産量のほとんどを金沢が占めています。工芸品だけではなく、アクセサリーや、化粧品、菓子などにも使われています。

イメージ : 金沢箔工芸

輪島塗

輪島塗の特徴は、輪島特産の「地の粉(珪藻土の一種)」を漆に混ぜて繰り返し塗る本堅地技法や、木地のいたみやすい上縁に生漆を塗る「地縁引き」などの丁寧な手作業から生まれる堅牢さにあります。使いこむごとに美しさを増す輪島塗は、用と美を兼ね備えた漆器です。

イメージ : 輪島塗

金沢漆器

寛永年間(1624~1644)に、加賀藩主前田利家公が美術工芸に力を入れ、細工所を設置。京都や江戸から指導者を招き、金沢漆器は独自に発達しました。上塗りした完成品の上に金銀の薄板を貼る平文や、貝殻を使う螺鈿などの絢爛豪華で気品のある蒔絵を施しています。

イメージ : 金沢漆器

加賀友禅

正徳2年(1712)、京都から金沢に移り住んだ宮崎友禅斎が、加賀染めに新たな紋様や技法を加えたことが始まりです。伝統色を基調色として写実的に描き、京友禅とは逆の外から内へとぼかす先ぼかしの技法など、美しくリアルに描く技法が特徴です。明治期には型染め友禅が始まり、小紋も染められてきました。

イメージ : 加賀友禅

九谷焼

江戸の初期、大聖寺藩主は、後藤才次郎に命じて佐賀の有田で製陶を学ばせ、九谷村(現加賀市山中温泉)で釜を築いたのが始まり。この「古九谷」は約50年で突如廃窯。約100年後古九谷再興に金沢の春日山に窯を開くと、小松市や加賀市にも次々と窯が生まれ、現在の九谷焼へと受け継がれました。

イメージ : 九谷焼

山中漆器

塗りものの素地となる木地挽きが盛んで、優れた職人が大勢いた山中温泉地区。最初は白木地のままでしたが、宝暦年間(1751~1764)に、山中塗りの特徴である朱溜塗へと発展。明治期には蒔絵が施されるようになりました。木目を見せる拭漆の技法が特徴で、木地師の技を強調するかのようです。

イメージ : 山中漆器

その他、伝統工芸

金沢表具 / 郷土玩具 / 牛首紬 / 珠洲焼 / 竹細工 / 琴加賀繍 / 大樋焼 / 鶴来打刃物 / 三弦 / 能登上布 茶の湯釜 /
金沢仏壇 / 太鼓 / 金沢和傘 / 七尾仏壇 / 銅鑼 / 手捺染型彫刻 / 和紙 / 美川仏壇 加賀獅子頭 / 桐工芸 /
七尾和ろうそく / 加賀提灯 / 檜細工 / 加賀毛針 / 加賀水引細工 / 加賀象嵌 / 加賀竿 / 能登花火

クラフト創造都市金沢

ユネスコが創設した「ユネスコ創造都市ネットワーク」。創造都市とは、創造的な文化の営みと革新的な産業活動の連環により街を元気にしている都市のこと。今も暮らしに息づく金沢の伝統工芸が世界に認められ、より活動の幅を広げています。